2026年
日本の抗菌薬適正使用政策が、不要な抗菌薬処方の減少と関連し、重症細菌感染症による入院増加を伴わなかったことを報告しました。
本研究では、2016~2019年度の約300万人の被保険者データを用いて、分割時系列デザインにより抗菌薬適正使用政策の影響を評価しました。対象とした政策は、①2017年6月の「抗微生物薬適正使用の手引き」の公表、②2018年4月の「小児抗菌薬適正使用支援加算」の導入です。
その結果、非細菌性急性呼吸器感染症(ARI)に対する外来抗菌薬処方率は、「抗微生物薬適正使用の手引き」公表後に低下しました。また、「小児抗菌薬適正使用支援加算」導入後には、3歳未満で処方率の低下がみられ、政策対象年齢層への影響が示唆されました。
一方で、いずれの政策後も、ARI関連の重症細菌感染症による入院が全体として増加した明確な証拠は認められませんでした。
本研究は、国レベルの抗菌薬適正使用政策が実臨床に与える影響を示した研究として、今後の感染症対策や医療政策を考える上で重要な知見になると考えられます。
本研究は、大阪大学の山本舜悟先生が研究構想、解析、論文化を主導されました。栗田宜明は、研究計画立案、解析方針の検討、結果の解釈、および論文記載の改善に協力しました。

ワクチン普及後の血液透析患者におけるCOVID-19への不安と、多面的なヘルスリテラシーとの関連を調査した多施設共同研究です。研究の結果、透析患者のCOVID-19への不安は、パンデミック初期の一般市民より低いことが示されました。一方で、情報を「読んで理解する力」である機能的ヘルスリテラシーが低い患者ほど不安が強く、逆に、情報を「批判的に吟味する力」である批判的ヘルスリテラシーが高い患者ほど不安が強いことが明らかになりました。これらの結果は、医療従事者が患者のリテラシー特性に応じて、平易で理解しやすい情報提供や、情報の適切な解釈を支援することの重要性を示唆しています。本研究は、将来のパンデミック時における患者支援のあり方を考えるうえで重要な知見を提供するものです。
膝関節置換術(KA)は、痛みや身体機能を改善する有効な治療法ですが、術後の回復経過には患者ごとに大きな違いがあります。しかし、術後1年間の機能回復にどのような経過パターン(トラジェクトリ)があるのか、また、その違いを術前の筋機能で予測できるかは十分に分かっていませんでした。
本研究では、手術側の骨格筋指数(SMI)、大腿四頭筋力、位相角(Phase angle: PhA)を術前に測定しました。PhAは、生体電気インピーダンス法(BIA)から得られる指標で、近年では「筋質」や細胞の健康状態を反映する指標として注目されています。また、患者立脚型アウトカムであるKnee Society Score(KSS)の機能活動スコアを用いて、術前から術後12か月までのスコアの変化を評価しました。
その結果、患者は「低機能だが大きく改善する群」など、4つの回復パターンに分類されました。特に、術前のPhAが高い患者ほど、術後に良好な機能回復を示すグループに属する可能性が高いことが分かりました。一方で、骨格筋量(SMI)との関連は限定的でした。
これらの結果から、筋量だけでなく、筋質を反映するPhAを術前に評価することで、術後の回復が不良となるリスクの高い患者を予測できる可能性が示唆されました。

2023年、「日本腰痛学会」では、20–90歳の全国一般住民を対象とした大規模訪問調査「腰痛疫学調査」を実施しました(調査報告書はこちら)。本研究では、この全国調査データを用いて、日本語版オズウェストリー障害指数(ODI version 2.1a:腰痛によって日常生活がどの程度障害されているかを評価する代表的指標)の計量心理学的妥当性を検証するとともに、国民標準値(normative values)の推定を行いました。
解析の結果、ODI version 2.1a は、日本人一般住民において単一の総合スコアとして適切に利用できることが確認されました。さらに、腰痛有訴者におけるODIの国民標準値は平均20.23(標準偏差16.42)であり、腰痛の持続期間によって国民標準値が異なることが示されました(急性腰痛:12.54、亜急性腰痛:13.54、慢性腰痛:22.74)。
これらの知見は、臨床現場における患者の障害度の評価指標として、ODI version 2.1aをより適切に活用するための基盤になることが期待されます。また、日本人一般住民における基準値を提示したことで、今後の腰痛研究や疫学研究における比較指標としての活用も期待されます。
本研究では、福島県立医科大学整形外科学講座の遠藤先生が筆頭著者を担いました。本研究は、二階堂先生、紺野名誉教授らが推進してきた全国腰痛疫学研究プロジェクトの主要テーマの一つとして実施されたものです。指導教員は、調査票の設計、リサーチクエスチョンの定式化、統計解析、論文作成に至るまで、研究全体にわたり中心的に関与しました。
また、ODI version 2.1aの計量心理学的評価については関西大学の脇田貴文教授、全国住民調査データの適正利用については福島県立医科大学医療研究推進センターの小早川雅男教授をはじめ、多くの研究者の支援を受けながら実現した成果でもあります。
透析療法を受ける方、特に高齢の方では、「長く生きること」だけでなく、「自分で生活できること」や「疲れにくく過ごせること」を大切にされる場合があります。
このような価値観が重視されるなかでも、透析期間の長期化がフレイル(虚弱)や寝たきりの進行とどのように関連するのか、またベースライン時の身体機能状態が長期予後にどのような影響を与えるのかについては、十分に明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、日本透析医学会レジストリ(JRDR)を用いて、約22万人の維持血液透析を受ける方を8年間追跡し、身体機能の変化を検討しました。
その結果、8年後には59.9%がお亡くなりになり、8.8%がフレイル、2.4%が寝たきりとなっていました。
また、透析歴が長い方ほど、その後のフレイル、寝たきり、死亡のリスクが段階的に高くなる「用量依存的な関連」が認められました。
さらに、ベースラインで寝たきりだった方は、非フレイルの方と比べて死亡リスクが16倍以上高くなっていました。
死因にも特徴がみられ、非フレイルの方では脳血管障害や心筋梗塞による死亡が比較的多かった一方、フレイルや寝たきりの方では、感染症や心不全による死亡が多くみられました。
一方で、ベースラインで非フレイルだった方でも、8年後に「非フレイルのまま生存」していた割合は約40%に留まっていました。
これらの結果は、透析導入後の長期経過を見据えながら、早い段階からご本人の価値観を共有し、「どのように生活したいか」を含めた人生設計や個別化ケアについて対話していく必要性を示唆しています。

本総説は、腎臓医かつ臨床疫学者の視点から、日常診療で生じるクリニカルクエスチョンを、どのように質の高い臨床研究へと発展させるかを解説した論文です。医療の質を「構造・プロセス・アウトカム」で捉える基本モデルをベースにして、バイオマーカー評価のような従来型の研究から、患者報告アウトカム(PROs)、患者の体験や感情、さらには医療者と患者の関係性といった主観的要素までを、臨床疫学の枠組みの中で体系的に整理しています。臨床統計学的手法そのものだけでなく、「何を問い、なぜそれを問うのか」というリサーチ・クエスチョンをデザインする力の重要性を強調している点が特徴であり、患者を中心に据えた腎臓診療を実現するための臨床研究の考え方を、次世代の医療者・研究者に向けて示しています。



